四足歩行ロボットSpotを活用した製造現場の高度化の取り組み
デジタル共創本部スマートファクトリー推進センターのミッションは、旭化成グループ全体の生産をスマート化し、持続的な事業価値の向上を実現することです。本稿では当センターで推進している四足歩行ロボットSpot(以下、Spot)を活用した製造現場の高度化の取り組みについて紹介します。
日本国内では高齢化とともに生産年齢人口(16歳~65歳)の減少が進行し、特に製造業をはじめとして将来的な労働力不足が予想されています。このような状況において、製造現場の効率を維持するとともに競争力を強化するためには、人と協働する高度なロボット技術の導入は有効な手段の一つと考えています。
米国Boston Dynamics社が開発したSpotは、多数のカメラやセンサ、LiDAR(レーザーを使った測距技術)、通信機能、強力なデータ処理能力等を有しており、周囲状況の認識や障害物回避、事前に指定した歩行コースと動作の再現、自律的な動作等が可能です。また、独自のアプリケーションや機能を開発して追加できる高い拡張性を持っていることも特長です。
当センターでは2023年にSpotを購入し、まずは人と協働する高度なロボットを活用する上で必要となる知見とノウハウの蓄積に取り組みました。現在は製造現場への導入に向けて、実際の製造現場での検証や現場担当者の方々との対話を通じて、ロボットに対するニーズの把握とそれに必要な技術開発、人とロボットが安全に協働するために必要な仕組みづくり等を進めています。
製造現場での導入に向けて
多数のカメラやセンサを搭載したロボットとして人手による作業の代替/軽減だけでなく、Spot自体のデータ処理機能やサーバと連携したAIによる人では困難な高度な検査も実施していくことで導入効果を最大化していきたいと考えています。
製造現場との対話を通じ、Spotの特徴を活かして以下のような活用シーンを想定して検証を進めています。
・人による作業の代替と軽減
- メーターや計器の読取り、警備、現場確認の遠隔操作
- 過酷な環境(例:暑い、寒い、暗い、夜間作業など)での作業削減
・人では困難な高度な検査
- 配管の漏液/さび/腐食/エアー漏れなどの検出
- 設備の異常な状態/予兆の検知
現場での検証を行う中で、「人間にとって安全で作業しやすい環境がロボットにとっては最適とは限らない」という事を知見として得ています。明るい照明や太陽光がカメラの読み取りを妨げたり、通れない通路があったり、ガラスを認識できないなど、現場で初めて気づくこともありました。これはSpotに限ったものではなく、カメラやセンサを使って動作するロボット全般に通じることであり、人と協働するロボットが広く活躍できるようにするにはロボットにも適した環境(ロボット向けバリアフリー)が必要になっていきます。
技術的課題へのチャレンジ
様々な現場のニーズに応えられるよう標準では搭載されていない機能の開発を行っています。しかし、多数の先端技術を搭載した高度なロボットゆえに技術的課題に直面した際には、世界的に参考情報が少ないため、実機での検証を繰り返しながら解決策を模索しています。また、ロボット工学、センシング、コンピュータビジョン、AI、ネットワーク技術などの幅広い領域にまたがるスキルも求められます。米国Boston Dynamics社や日本の販売代理店のエンジニアの方々に相談して支援を頂きつつ、またSpotを持つ他企業のエンジニアの方々とも情報交換をしながら開発を進めています。こうしたプロセスを通じて得た知見は、今後のSpotや他の高度なロボット技術の活用にとって非常に貴重なものです。開発が一筋縄でいかない場面もありますが、開発した機能が実物のSpotを使って思い通りに動いたときにはエンジニアとしてとても達成感を感じます。
ロボットを活用した設備点検業務の高度化を目指し、Cognite社の「Cognite InRobot」の活用に向けた検証と開発を進めています。ロボットをデジタルツイン上で操作することで、自動巡回や設備の検査を効率的に行うことができます。また、Cogniteのデータプラットフォーム「Cognite Data Fusion」と連携することで、ロボットが取得したデータだけでなく異なるシステムやデータソースからのデータを統合した洞察や分析が可能になります。
安全性に関する取り組み
現場での実運用を考える際には、対人と対設備の両面における安全性の確保が重要です。四足歩行のロボットが自ら考えて自律的に動き、かつ、人と協働する先端的なロボットであるがゆえに、安全に関する規格や知識体系が日本だけでなく世界においてもまだ具体化されていません。社内で安全に使えるようなルールや仕組み作りを行えるよう、プロジェクトメンバーで機械安全に関する資格(セーフティサブアテッサ)を新たに取得したほか、製造元である米国Boston Dynamics社とのディスカッション、分類の近いロボットの安全に関する既存の規格への適合性の評価等を進めてきました。また、実物を見たことが無い人たちからすると、得体のしれない未知のロボットであるため漠然とした安全への不安を抱かれる場面もあります。資料上だけでなく実物を使って実体験として挙動を見て知って理解してもらえるよう社内の様々な場面で実物を使って紹介を行っています。
人々がどのように接してくれるかは、人と協働するための適切なルールや安全方策を決めるうえでは重要な要素になります。Spotに対する人々の最初の反応は多様で、「凄い」、「賢い」、「不気味」、「怖い」、「大きい」だけでなく、「かわいい」、「触ってもいいですか」等で予期せず接近してしまう場面もあります。見慣れてくるとロボットの動作の邪魔にならないように自然と距離を保って同じ空間で共存できるようになる傾向にあり、人によっては犬型のロボットであるためにペットのように見守ってくれる場面もよく見かけます。
今後の展望
Spotに搭載されているファームウェアや関連ソフトウェアは定期的にアップデートしており、絶えず進化を続けています。これまでにデジタルツイン上での操作が可能になり、また今後は生成AIを組み込んだサービスも開発が進められているなど、Spotが出来ること(=提供できる価値)が増えていくことが期待されます。
AIやロボット周辺機器などの技術の急速な進歩と少子高齢化による労働力不足を背景に、技術と労働力の大局的な時代の変化の波長がマッチした現在では、これまでの人が中心として活躍する現場から人とロボットが協働する現場が当たり前になるパラダイムシフトとなる時代の転換点を迎えつつあると感じます。特に労働力不足が深刻な日本のサービス業における料理運搬ロボットや清掃ロボット、接客ロボットの急速な広がりは分かりやすい一例です。製造業では、古い設備が残る複雑な現場環境、ベテランの知識と人間の柔軟性が欠かせない、法規制による制約など様々な要因により、Spotが実際の製造現場で活躍できる場面はまだ限定的ですが、技術の進歩によりそれらは必ず解消されていくと確信しています。
今後もAIやロボットの技術の進展をキャッチアップするとともに、様々な製造現場での検証を通じてニーズを集めそれに必要な技術開発を進めることでロボットの実用性を一層高め、製造現場でロボットが当たり前に活躍する光景を作っていきたいと思います。
文責:旭化成デジタル共創本部スマートファクトリー推進センターIoT推進部IoT推進グループ 石川博章(プロジェクトリーダー)
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